【無法松太鼓】
北九州の小倉。人力車夫の富島松五郎、喧嘩っ早く無鉄砲なため無法松と呼ばれる彼だが人情味は人一倍。ある日、彼は稼業の道すがら木から落ちて怪我をした少年を助ける。少年は吉岡大尉の一粒種・敏雄であった。これをきっかけに、彼は親しく吉岡家に出入りするようになる。ところが大尉は演習で雨に打たれた風邪が元で急逝してしまう。
それからの松五郎は敏雄のよき遊び相手ともなり、淋しい母子の力となった。時は流れ、敏雄は成人した。大正六年の祇園祭り。案内役の松五郎は、敏雄への離愁、夫人への慕情と、その複雑な思いを胸に祇園太鼓を打つのだった…。
【作品の紹介】
ステンレスプレートに、シルクスクリーン印刷技術を適用し、芹田騎郎画伯の「きり絵」原画を再現し、アート性を高めた北九州独自の作品です。
【原画作者】 松見ムクロ
プロフィール
元毎日新聞社 記者
元九州漫画家協会 会長
元九州民芸資料館 館長
1906 年、生まれる
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